東京理科大学理工学部 応用生物科学科

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受験生の方へ

卒業生のメッセージ

小谷 秀仁

MSD株式会社 副社長 執行役員 営業本部長
(現パナソニック ヘルスケア株式会社 代表取締役社長・CEO・CTO)

私は1988年、理工学部の応用生物科学科の卒業生です。4年生の時には東京理科大学副学長になられた瀬戸裕之先生の研究室でお世話になり、また、外研で基礎工学部の飯田滋先生の研究室でも半分の時間を過ごさせて頂きました。
 応用生物科学科の素晴らしいことは、研究のみでなく教育にもしっかりと力を入れており、研究者としての基礎をしっかり教えてくれる教官の先生方、先輩方がいらっしゃることだと思います。研究者として考えなければならない課題の抽出、実験計画の論理、実験実施における注意、データーの解析法、論文の読み方・書き方等々、私の研究者としての基礎は応用生物科学科で教えて頂いたと思っています。私は学部4年を卒業後、米国の大学院に留学をしたのですが、米国での研究室の担当教授は私の研究者としての基礎力をとても気に入ってくれました。これも、全て世界に通じる教育をして頂いた応用生物科学科のお蔭であり、心から感謝しています。実際、私が留学を決心したのも、私がお世話になった先生方から海外での研究経験の重要性を教えて頂いた事が大きな要因のひとつでした。
 また、応用生物科学科の先生方・先輩方には実験の楽しさを教えて頂きました。私の応用生物科学科の思い出は、朝早くから夜遅くまで、時には夜通しで研究に明け暮れる日々です。自分で仮説を立てて、それを検証する実験を計画し、それを実行する。次の日にデーターが出るのが待ち遠しく、何度も夜通しインキュベーターを覗いていたのを今でも思い出します。そんな時も先生方に遅くまでディスカッションにお付き合い頂いたり、時には夕食の席で相談に乗っていただいたり、応用生物科学科での研究の楽しさ、大学生活の楽しさは、これまでの人生でも欠け難い経験です。
 私は20年間研究を続けていましたが、現在は研究職を離れ、製薬会社で経営に携わっています。今、一緒に仕事をしている同僚や、大学の先生、また他の製薬企業の幹部の皆様にも理科大学卒業生、応用生物科学科卒業のみなさんが数多くおられます。研究職のみでなく、幅広い領域へ人材を輩出しているのも応用生物科学科の特徴かもしれません。研究だけでなく幅広い視野を持った人材を育てることが出来る応用生物科学科、これからも引き続き応用生物科学科のみなさまのご活躍を期待しています。

原 英二

大阪大学 微生物病研究所(大学院医学系研究科)教授

私が高校生の時は遺伝子工学(バイオテクノロジー)が注目を集め始めた頃で、将来、遺伝子を操作することで難病、食糧問題やエネルギー問題、更には環境問題まで克服できる可能性がある夢の学問領域であるともてはやされた時期でした。受験勉強はそっちのけで遺伝子に関する本を読み漁っていた私は、将来、遺伝子の研究がしたいと思うようになり、東京理科大学 応用生物科学科に入学しました。そんな中、確か大学3年生の後期だったと思いますが、東京大学医科学研究所から応用生物科学科に移ってこられたばかりの小田鈎一郎教授の講義を受講した時に、感動したことを覚えています。小田先生は癌遺伝子に関するその当時の最先端の研究成果を分かりやすく講義して下さり、自分が高校生の時に抱いていた夢を思い出したのです。運よく小田先生の研究室で卒業研究をできるようになった私は、大学院博士課程を修了するまでの間、合計6年間小田先生の下で研究を行いました。小田先生の研究室では研究を行うのに必要な知識や技術の習得だけでなく、自分で考えるという姿勢を学びました。そして私にとって最も大事な事(自分の人生をかけて向き合いたいと思う研究テーマ)に出会うことが出来ました。あれから22年、今でも同じ研究テーマに向き合っています。
 人生にとって大切なことの一つは出会いではないかと思います。若い方々には自分の人生を良い方向に導いてくれる先生、先輩、友人との出会いを大切にされることを勧めます。またそのような出会いが期待できる環境に身を置くことが最も大切であり、少なくとも私の場合、その場所の一つが応用生物科学科であったことは間違いありません。
 最後に研究者を目指す後輩に一つ助言したいことがあります。研究と一言で言っても色んなタイプの研究があると思います。既に分かっていることに少しだけ付け足すだけのあまり創造性を必要としないタイプの研究からブレークスルーを起こすような創造性と独創性を必要とする研究まで様々です。ただ、はっきり言えることは前者のタイプの研究は誰でもできるので若い人にはお勧めできません。益々グローバル化が進み競争が激化していく今後は独創性と創造性に富んだ研究者が求められるようになって行く傾向にあります。また、創造性や独創性を必要としない単純作業的な研究は年を取ってからでも出来ますが、ブレークスルーを起こすような画期的な研究成果を上げるには若い時から創造性と独創性を重んじる姿勢を身につけて日々感性を研ぎ澄ましておくことが必要だと感じます。論文は質より数(幾つ論文を発表したか)が重要だという人がいますが、全くの間違いです。今やネット社会が進み簡単に学術雑誌が創刊できるようになっており、巷には審査が甘い学術雑誌であふれかえっています。出せば通るような学術雑誌に論文を発表しても誰も評価しないし、研究者として生き残ってゆくのは困難です。少なくとも若いうちは自分しか成し得なかったと言えるような工夫、努力そして情熱をつぎ込んで大きな成果を狙い、その分野で世界の誰もが認めるような審査が厳しい学術雑誌(トップジャーナル)に自分の論文を発表することを目指すべきだと思います。学生のうち(学位を取るのには)は論文の質は問われませんが、博士号を取得して研究者として社会に出たとたんに、論文が何報あるかではなく、どんな仕事をどの学術雑誌に発表したかが問われるようになります。研究者は創造性と独創性という意味において芸術家に近い側面があるように思います。一流の芸術家が自分の作品を作り上げるのに手を抜かないように、研究者も研究成果を出すために手を抜いてはダメだと思います。応用生物科学科の先輩として後輩たちには是非このことを理解しておいて頂きたいと思います。

略歴
1987年東京理科大学 理工学部 応用生物科学科 卒業
1993年同大学院博士課程修了
1993年(米)University of California, Berkeley ポスドク
1995年(英)Imperial Cancer Research Fund Laboratories ポスドク
1998年(英)Cancer Research UK-Paterson Institute ラボヘッド
2003年徳島大学 ゲノム機能研究センター(大学院医学研究科)教授
2008年公益財団法人がん研究会 がん研究所 部長
2015年大阪大学 微生物病研究所(大学院医学系研究科)教授

小布施 力史

北海道大学 大学院先端生命科学研究院 教授

 卒業年度は平成元年、今は平成27年なので、四半世紀以上も前のことになってしまいました。ちょうど第一次バイオブームと呼ばれた時期で、微生物や植物の力を借りて、食糧、医療などに革新的な技術を創出しようという機運が高まっていました。何の取り柄もなく、確たる自分のやりたいこともなかった高校性の私は、そのブームに乗って、応用生物学科(BS)に入学しました。当時のバイオブームの主役だった微生物系の飯塚先生をはじめとする先生方のみならず、生化学(麻生先生)、発生生物学(恒松先生)、分子生物学(木村先生)、遺伝学(瀬戸先生)、生物物理学(佐藤先生)、バイオインフォマティクス(大塚先生)と、今考えると、とても先進的でバランスのとれた、すばらしい教育体制だったのですね。卒業研究は佐藤研究室で、当時助手だった上田泰次先生の指導で、眼の水晶体の分化と構成成分との関係について研究をさせてもらいました。このとき、自分で手を動かし、次の実験を組み立てる過程で、論理的に物事を考える面白さを経験したように思います。上田先生の影響もあって、また、当時、動物の遺伝子組換え技術が普及し始めた頃で、体を形作る課程(発生や分化)を、DNAやタンパク質で説明できる時代が来るのではないか、そんな研究に関わりたいな、と思うようになりました。
 私たちの一つ一つの細胞に入っているDNAは2メートルにおよびます。どうやって、この長いDNAがたった直径約10 μmの核に収納され、正確に60兆個の細胞に受け継がれ、発生や分化の過程で発現が綿密に制御できるのか。今、北海道大学の私の研究室では、これらの仕組みの解明に、ゲノム情報を用いた最新の技術を使って取り組んでいます。BSにいたときに何となく思っていた、「発生や分化を、DNAやタンパク質で説明してみたい」という仕事に、今まさに取り組んでいるのが不思議です。
 BSに何となくいた4年の間に、出会った人たち、教えてもらったこと、経験したことが、知らず、知らず、これまでの支えになってきたと思います。BS出身で活躍している卒業生はたくさんいます。久しぶりに友人に会うと、「えー、、そんなに偉くなったの!」と、驚かされることもあります。たとえ、在学中に交流がなかった先輩や後輩も、ふとしたきっかけで懇意にさせてもらうことも多々あります。在学生の方、これからBSの門をたたく方、もしかしたら、いつか、どこかで、お会いできるかもしれませんね。運河や、6号館の話題をきっかけに、、。

略歴
平成元年3月東京理科大学理工学部応用生物科学科卒業
平成7年3月名古屋大学大学院博士後期課程(理学研究科分子生物学専攻、岡崎恒子教授)単位修得満期退学
平成 7年 4月~平成15年6月奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 助手
平成15年7月~平成18年3月京都大学大学院生命科学研究科統合生命科学専攻 助教授
平成18年4月~北海道大学大学院先端生命科学研究院 教授

堀本 勝久

産業技術総合研究所 創薬分子プロファイリング研究センター 副研究センター長

 私は、既に退官されました大塚仁也教授の指導で1991年に学位を取得しました。応用生物科学科では変わり者だと思いますが、大学での数学や物理の講義が非常に面白く、大学時代を通じてこれらの科目をよく勉強しました。当時数理の研究室は大塚研究室でしたので、自然に卒業研究、大学院と進学しました。以来、25年近く研究生活を続けていることになります。
 「自分の好きな仕事を続けられて幸せですね」とよく言われます。確かにその通りですが、ちょっと違います。「好きな仕事」「楽しい仕事」「やりがいのある仕事」とよく言いますが、大事な言葉が抜けています。すべて「苦しいけど」がこれらの言葉の前につくと思います。学位取得前後、独りで論文を書けるようになるため、学者を続ける最低条件をクリアするために、精神的にも体力的にもとても苦しい日々を送った覚えがあります。しかし、初めて独りで書き上げた論文が採択された時の達成感は強烈なものでした。今でも、論文のためのアイデアを絞り出すときは、「逆さに吊り下げられて体中の血が全部出ていって、最後に出てくる一滴の血を絞り出す」ような気分ですし、論文を書くときは、「白い紙の大海にオールだけで漕ぎ出す」心境です。それにも拘らず大学院と助手の時代に薫陶を受けた大塚仁也先生や故次田皓先生の言われた「学者は威張ってはお終り」、「何でもいいから書き続けろ」などを思い出しながら、二番煎じに甘んじることの無いようにアイデアを捜し、論文投稿してレフリーにどんなに貶されても、この仕事を続けています。
 皆が学者になるわけではありません。ただ、どんな仕事であれ「苦しいけど頑張る」という過程を経て得られた仕事でないと、その達成したもしくは挫折した時の強烈な快感もしくは挫折感は得られないでしょう。たまたま成功しても失敗しても、結局他人から与えられたフニャフニャした、水で薄めた快感や挫折しか得られないでしょう。思い込みでも思い違いでも結構です、大学時代に自ら一生懸命に苦しんで、大いなる達成もしくは挫折を経験してください。それが意識的にできる唯一の時代です。そうしないと、呵々大笑のできない、薄ら笑いを浮かべるしかない、薄っぺらな人生を送ることになると思います。  現在所属する研究センターのモットーは「どうせ仕事は苦しい、だから楽しくやろう」です。そしてメンバーは皆、この意味が理解できる人たちばかりです。

佐々木 敦朗

シンシナティ大学医学部、シンシナティ癌研究所 助教授
全世界日本人研究者ネットワーク(UJA) 会長

世界へ続く扉の鍵

 こんにちは。 応用生物科学科(BS)を1995年に卒業した佐々木敦朗と申します。BS卒業後は、広島大学理学研究科の修士課程 、久留米大学医学部分子生命科学研究所の博士課程へ進学致しました。 その後、2002年学術振興会フェローとしてカリフォルニア州立大サンディエゴ校、そして2005年にはアメリカ大陸を横断し、JSPS海外特別フェローとしてハーバード大学へ留学しポスドクとして研究を行い現職にいたっています。日本と世界の各地を移りながら勉強と研究を続けているのは、私が特別なのではなく、多くのBS諸先輩方にも共通してみられます。これは、BSに流れる飽くなき向上心、いわばBSの現れです。
 あなたがBSに入り1年、2年が経つころには、入学前には思いもしなかった幾つもの道がみえてきます。インターネットが発達し、様々な情報を入手できる時代。その中で、あなたが実感として未来を感じるのは、あなたのクラスメート、諸先輩達からの活きた情報に触れたときです。是非、勉強のことだけでなく、将来のこと、日本そして世界のことなど、できるだけ多くの方と語り合ってみることを私はお薦めします。将来を語るとき、あなたの中でビジョンがよりクリアになります。そして友人とビジョンをシェアすることで、思わぬアドバイスや助けを頂けます。こうして、入学前には思いもしなかったような可能性、あなたの将来の扉がみえてきます。もしあなたがサイエンスをより深く学びたいのならば、科学者への道も拓かれます。その時は、小さくまとまらず、自分の可能性を信じてどんどん世界へでて挑戦されてください。Big Sprit(大きな勇気)。BS魂は、世界への扉を開く鍵。皆さんの大きな成長を応援しています。
佐々木ラボHP
世界の先輩の留学体験記

木村成介

京都産業大学総合生命科学部 准教授
理工学研究科応用生物科学専攻博士後期課程(2001年3月修了)

 応用生物科学科には1992年に入学して博士課程修了まで在籍しました。助教を4年間勤めた後、カリフォルニア大学デービス校で5年間研究を行い、2010年からは、京都産業大学総合生命科学部で准教授として教育研究をすすめています。大学院時代に研究の面白さに目覚め、これまでずっと植物の研究を進めてきました。現在は、植物の葉の形の多様性が生じる仕組みについて発生や進化の観点から研究をしています。
 さて、現在教鞭をとっている京都産業大学で、新入生に最初の授業で毎年伝えているアドバイスが5つあります。理科大の皆さんにも同じアドバイスを贈りたいと思います。

  1. (1)大学でしかできないことに打ち込むこと
    学生の本分は勉強することにありますが、逆に言うと学生が勉強するのは当たり前です。是非、部活やサークルなど大学でしかできないことに取り組んでください。私自身は合気道部に所属していて、その経験が今に活かされています。「私は大学ではこれをやりました」と言えるものを、勉強以外に1つは見つけて欲しいと思います。
  2. (2) 仲間をいっぱい作ること
    大学は友達、先輩、後輩などの仲間を作る最後のチャンスです。卒業して社会に出てしまうと友達を作る機会が減ってしまいます。大学生の間に仲間をたくさん作ってください。
  3. (3) 本をたくさん読むこと
    どんな分野のものでも良いので本をたくさん読んでください。本を読むことで「教養」「表現力」「想像力」などを養うことができます。歳をとると目がしょぼしょぼするし、肩も凝るし、仕事や子育てで時間もないしで、本を読むこと自体ができなくなってきます。元気も時間もある若い時に、できるだけ多くの本に出会っておいてください。
  4. (4) 英語を勉強すること
    将来どんな分野に進もうとも英語は必要です。また、英語の習得には時間がかかります。私は5年間アメリカのカリフォルニアで研究をしていましたが、渡米当初は英語をもう少し勉強しておけばよかったと後悔ばかりしていました。学生のうちにしっかりと英語の基礎力を身につけておいてください。
  5. (5) 教わるのではなく、自ら学ぶ姿勢が大事だということ
    高校までとは違い、大学では自ら学ぶ姿勢が大事です。大学生活は受け身でいると何も面白くありません。興味のあることを見つけて、自分自身の力で多くのことを学んでください。

東京理科大学は世界最高水準の研究に触れながら最先端の科学が学べる絶好の場所です。皆さんも勉学や研究、部活などに積極的に取り組んで、充実した学生生活を送ってください。私自身も理科大で学んだことをベースにして、学生さんの教育にあたっていきたいと思います。

門田 康弘

理化学研究所 環境資源科学研究センター 研究員

 応用生物科学科の最大の特色は異なる分野の研究室が多く、いろいろな角度から科学を学ぶことができることだと思います。また理科大は学部、学科を超えた交流も多く、様々な学部の学生や先生方からも大きな刺激を頂きました。このような異分野との交流は、科学に対する大きな視野を持つためにとても大切なことだと思います。こういった交流の中でできた友人達の多くはそれぞれの分野で活躍しており、博士課程を修了して10年経った今でも私にとって大切な人脈となっています。
 研究に関しては、応用生物科学科は最新設備が整い研究に集中できる環境だと思いますし、世界的に見ても良い成果を発信し続けていると思います。私自身も研究熱心な先生方や研究室のメンバーと日々議論を戦わせながら、研究に打ち込み、とても内容の濃い時間を過ごすことができました。

自分が本当に好きな事を見つけて欲しい
どんなに能力のある人にとっても、つまらない仕事をすることほど苦痛なことはありません。逆に、自分が楽しいと思えることに関しては、どんな労力も楽しいと感じられるものです。研究に限らず、自分は何が好きか?何をして人生を生きていきたいか?それを是非学生の間に見つけて欲しいと思います。私は職業の性質上、これまで国内外の職場を転々としてきましたが、その決断の時は常に「研究は楽しい」という原点に立ち返って考えるようにしています。

海外を意識して広い視野を身につけて欲しい
 応用生物科学科は学問に集中できるとても良い環境だと思いますが、どんなに努力しても日本という島国の中では見えないことはたくさんあります。インターネットでは得られない情報や経験というのも人の成長には必要なことだと思います。学生のうちに少しでも、海外経験または外国人と交流する機会を持ち、世界に通用する人になって欲しいと思います。

略歴
平成11年度学部卒業
平成13年度修士課程修了
平成16年度博士課程修了

奈良(成川) 恵

東京理科大学・理工学部応用生物科学科・助教

 こんにちは。私は2003年度の卒業生です。現在、当学科で助教を勤めさせていただいております。
 応用生物科学科では、現在、1〜3年生までは基本的に授業を中心として知識を学び、週1〜2回の学生実験を通して実験手技の基礎を培います。様々な化合物の化学反応を物理法則に則って規則正しく維持することで生命システムは成り立っています。そして、その法則は数学を基礎として理解するものです。生物の成り立ちを根本から理解するために、1・2年次には基礎的な化学や物理、数学の授業があります。学年が上がるにつれて、より専門的な生物の授業が増えていきます。4年生からは研究室に配属し、それぞれ自分のテーマに基づいた研究を開始します。当学科には、微生物から高等動植物まで様々な分野の研究室があり、それぞれの研究の立脚点も、遺伝情報そのものから化合物、遺伝子、タンパク質、細胞、個体など多種多様です。一つの学科の中でここまで異分野が揃っているのも珍しいので、専門的な勉強をしてから自分の研究指向を見定めたい場合、応用生物科学科は好適と思います。
 私が大学受験のときは、生物を学ぶか哲学を学ぶかで進路に迷いましたが、分子生物学の発展が著しい時期だったこともあり、「生物を主軸にした方が楽しそうだな」という軽い思いつきで応用生物科学科に入学しました。元々植物に興味があったので、4年から井上康則先生の研究室に配属させていただきました。レタスの根毛形成という一般的に見ればおそろしくマイナーな現象を研究材料としていましたが、形態形成誘導物質をその化学的な性質を推理しながら単離し同定する過程と同定した化合物を介した形態形成メカニズムを調べることが楽しすぎて、いったんは修士課程卒業後に就職したのですが、気づいたら理科大に戻って博士課程を修了していました。【研究】というと堅苦しく感じますが、そのプロセスは「問題を見つける→未解決であることを確認する→解決方法を考える→実践して解決する」の繰り返しです。ただし、問題の定義も解釈もその解決方法も、それを行う人の個性によって異なります。これが科学発展の原動力である、とするならば、是非理科大であなたの個性による唯一無二の科学を展開しませんか?

能鹿島 央司

青年海外協力隊(フィリピン・食品加工)

 はじめまして。2006年に東京理科大学応用生物科学科を卒業した、能鹿島央司と申します。大学卒業後、同大学院修士課程にてイネの感染防御応答に関する研究を継続した後、食品会社勤務を経て、現在は青年海外協力隊の食品加工隊員としてフィリピンで活動しております。
 大学での専攻と現在の活動内容はやや異なっておりますが、大学生活で培った『疑問を持つ力』、『論理的に考える力』、『わかりやすく伝える力』は、社会人になってからも大いに役に立っています。
応用生物科学科では、幅広く生物やサイエンスに関する講義を聴くことができます。また実験実習では実際に自身の手で実験を行い、その結果をレポートで提出します。研究室に配属後は、これらの基本を基に自分のテーマを持って研究を行います。この際、未知の問題に対して自身で考えることが求められます。研究活動には困難も多くありますが、苦労を通して、“どうしてこうなるのだろう?”と『疑問を持つ力』、実験結果や現象を基に『論理的に考える力』、そして研究結果を修士論文や学会発表を通して『わかりやすく伝える力』を身に付けることができました。
 会社でも、国際協力の舞台でも、現場の問題点を捉え、解決策を考え出し、それを実行するために周囲に説明することが求められます。これは東京理科大学で養うことができた力そのものだと思っています。青年海外協力隊活動では、途上国と呼ばれる国が抱える問題点を捉え、解決策を考えて現地の人々に説明し、共に実行していくことが必要です。現在はフィリピンで、大学生活で学んだ技術を土台に活動を行い、少しでもこの国が豊かになれるように貢献したいと考えています。
 大学生活では講義や実習の課題が多く、忙しいと感じることもありました。しかしその分、好きな生物学の勉強に集中でき、確かな知識と技術を習得することができました。そして東京理科大学は勉強できる環境が整っている大学です。また東京理科大学の学生は熱心な人が多く、勉強が忙しい時でも共に励み、切磋琢磨しながら学習することができました。もちろん勉強以外にも、サークル活動や部活動も活発です。私は大学生活の4年間洋弓部に所属し、アーチェリーにも没頭しました。このような大学生活で得た力は、例え舞台が変わっても、その後の私の人生での大きな自信になっています。

木村 幸恵

ヘルシンキ大学 研究員

 高校の生物で遺伝に興味をもった事がきっかけで本学科を選びました.
2002 年に入学して 3 年間は往復 5 時間かけて通学していました.毎週学生実習が終わると友人たちと食堂で夕食を食べて帰り,試験前はみんなで図書館などに集まって勉強して,試験が終わると打ち上げをするという日々の繰り返しでした.
 4年生で朽津和幸教授の研究室(朽津研)に配属されたことを機に,独り暮らしを始め,同研究室で修士,博士課程に進学し 2012 年 3 月に博士号を取得しました.学部時代は博士号に関心がありませんでしたが,朽津研を通して出会った色々な方々の影響もあり,博士課程に進学しました.朽津研では植物の活性酸素種(ROS)生成酵素の研究を行いました.ROS は身体を錆びさせるなど悪いイメージが先行していますが,体内に侵入した病原菌を殺菌したり,情報伝達物質としても機能する生物にとって必要な物質です.研究の結果,植物はタンパク質リン酸化,Ca2+や相互作用因子によって緻密に ROS 生成量を制御していることが示唆されました.
 学位取得後は朽津研での 1 年間の研究員を経て,2013 年 4 月からドイツ・テュービンゲン大学の Teach@Tuebingen (T@T)という制度を利用して,渡独しました.学位を取ったら海外へ行くというのが夢でした.T@T とは博士号を取ったばかりの若手研究者に,英語で授業をする機会を与えることを目的と して作られた制度で,私は朽津研での経験を活かして"ROS signaling in plants"というタイトルでテュービンゲン大学の学生に講義などを行いました.
と言っても,日本での講義経験はゼロ,英語の論文は理解できても,日常会話は難しいという英語力での挑戦でした.そのため講義などの準備は毎回大変でしたが,無事 1 年間を終えることができました.
 T@T の後,同大学での研究員を経て,2014 年 10 月からヘルシンキ大学に移り,植物内で ROS シグナルがどのように認識されているのかを明らかにするために研究しています.海外での生活は,言葉の問題もあり大変ですが「なんとかなる!」という楽観的な考え方で,「自分にできる!」と自分を信じ,多くの方々に助けてもらいながら今に至ります.これからも人との繋がりを大切に,自分の成長のため努力と挑戦を続けていきたいと思います.受験生,在校生のみなさんも自分の夢のために頑張って下さい.

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